カシオペイアの未来 [時間の哲学]
カシオペイアとは、ミヒャエル・エンデの「モモ」に出てくる、カメの名前(名前が違っていたら、ご一報を…)。
カシオペイアは、未来を知ることができるのだ。
30分という近い未来ではあるけれど。
でも、未来を知ることができるからといって、それがよくないことだったとしても、それを避けることはできない。その通りになってしまう。
私も、未来を知るということは、そういうことだと思うのだ。
でも。そもそも、未来を知るということが、ナンセンスだとも思っていたりして。
机上の問題というか、実現不可能なことだと思っているから。
それでも。思考実験は面白い。
カシオペイアは、未来を知ることができるのだ。
30分という近い未来ではあるけれど。
でも、未来を知ることができるからといって、それがよくないことだったとしても、それを避けることはできない。その通りになってしまう。
私も、未来を知るということは、そういうことだと思うのだ。
でも。そもそも、未来を知るということが、ナンセンスだとも思っていたりして。
机上の問題というか、実現不可能なことだと思っているから。
それでも。思考実験は面白い。
人混み [日常の哲学]
死を恐れること [死の哲学]
一般的に、人は死を恐れると思う。
「恐れ」とまでは言わなくても、「死にたくない」と思うこと。
それはなぜだろう?
1つめ。
未知の世界であるから、皆死を恐れるのではないのだろうか。
人は、体験したことのないことに、恐れを感じる。
もちろん、恐れだけではなくて、好奇心を覚える体験もあったりするけれど。
何が起こるかわからない、想像がつかないことに、不安になる。
この不安を和らげるために、神話とか宗教とかが、一役かっているのでは。
2つめ。
やり直すことが出来ない、不可逆的なことであること。
死んだら、それで終わり。
生き返ることが出来るなら、恐れることもないのではないだろうか。
3つめ。
現世への未練。
まだやりたいことがある心残り。
再び親しい人に会うことができない哀しみ。
未来を見届けることが出来ない悔しさ。
4つめ。
イメージ自体がマイナス。
死に伴う苦痛。
5つめ。
無になること。
今考えたりしている自分の存在がなくなることの恐怖。
その他。上に分類できるかもだけど。
・残される者たちへの思い、不安。
・忘れ去られることへの恐れ。
きっと、他にも理由はいろいろあると思うけど…。
結局、人それぞれなんだよね。
私自身は、実は、死にたいと思うことこそあれ、死にたくないとは思っていない。
自ら死のうとは思わないけどね。
そう思っていても、仮に殺されそうになったときには、死にたくない!と思うのだろうか。
それでも、4つめに挙げた、死に伴う苦痛は嫌だね。
死ぬときは、それこそ眠るように死にたいものです。
「恐れ」とまでは言わなくても、「死にたくない」と思うこと。
それはなぜだろう?
1つめ。
未知の世界であるから、皆死を恐れるのではないのだろうか。
人は、体験したことのないことに、恐れを感じる。
もちろん、恐れだけではなくて、好奇心を覚える体験もあったりするけれど。
何が起こるかわからない、想像がつかないことに、不安になる。
この不安を和らげるために、神話とか宗教とかが、一役かっているのでは。
2つめ。
やり直すことが出来ない、不可逆的なことであること。
死んだら、それで終わり。
生き返ることが出来るなら、恐れることもないのではないだろうか。
3つめ。
現世への未練。
まだやりたいことがある心残り。
再び親しい人に会うことができない哀しみ。
未来を見届けることが出来ない悔しさ。
4つめ。
イメージ自体がマイナス。
死に伴う苦痛。
5つめ。
無になること。
今考えたりしている自分の存在がなくなることの恐怖。
その他。上に分類できるかもだけど。
・残される者たちへの思い、不安。
・忘れ去られることへの恐れ。
きっと、他にも理由はいろいろあると思うけど…。
結局、人それぞれなんだよね。
私自身は、実は、死にたいと思うことこそあれ、死にたくないとは思っていない。
自ら死のうとは思わないけどね。
そう思っていても、仮に殺されそうになったときには、死にたくない!と思うのだろうか。
それでも、4つめに挙げた、死に伴う苦痛は嫌だね。
死ぬときは、それこそ眠るように死にたいものです。
心身問題(心脳問題) [心の哲学]
その名の通り、脳(身体)と心の関係についての問題です。
一般に大きく分けると、唯物論、唯心論、二元論に分かれます。
これも、私の立場は確立出来てはいない。
でも、唯物論者とは言い切れないけれど、それにかなり近いと思う。
脳のはたらきを、心というのでは、だめなのだろうか。
脳神経の、ニューロンの発火が、なぜ痛みになったり、視覚になったりするのか。
それを同一のものと考えるのは、どうして納得できないのだろうか。
胃のはたらきが消化することというように、脳のはたらきが心だと思うのだけれど。
物質と精神が、どうして結び付くのか、というのがポイントなんだよね。
精神は物質に依存していると思う。
この痛みを感じる感じ(この「○○という感じ」を「クオリア」という)、これを脳のはたらき、ニューロンの発火とイコールと考えることに、私は抵抗はない。
脳がクオリアを「生み出す」というのとも、違うと思う。
やっぱり「イコール」だと思うんだよね。
もちろん、「脳」イコールではない。
「脳のはたらき=心」ということ。
クオリアを感じるのは否定しない。
だから、心がないとは言えない。
したがって、物質しかないとも言えない。
でも、心って物質じゃないと言えるのか?
心は物質であるということ…!?
重力とかだって、物質そのものではないけれど、物理的だよね。
物質のはたらきの一つじゃないか?
それと同じように考えては、いけないのだろうか?
そもそも、最初に挙げた、唯物論、唯心論、二元論の他に、道があってもよいのではないだろうか?
※諸事情により、携帯からの投稿です。
長文は打つのが大変(^^;
そして、推敲も大変。
一般に大きく分けると、唯物論、唯心論、二元論に分かれます。
これも、私の立場は確立出来てはいない。
でも、唯物論者とは言い切れないけれど、それにかなり近いと思う。
脳のはたらきを、心というのでは、だめなのだろうか。
脳神経の、ニューロンの発火が、なぜ痛みになったり、視覚になったりするのか。
それを同一のものと考えるのは、どうして納得できないのだろうか。
胃のはたらきが消化することというように、脳のはたらきが心だと思うのだけれど。
物質と精神が、どうして結び付くのか、というのがポイントなんだよね。
精神は物質に依存していると思う。
この痛みを感じる感じ(この「○○という感じ」を「クオリア」という)、これを脳のはたらき、ニューロンの発火とイコールと考えることに、私は抵抗はない。
脳がクオリアを「生み出す」というのとも、違うと思う。
やっぱり「イコール」だと思うんだよね。
もちろん、「脳」イコールではない。
「脳のはたらき=心」ということ。
クオリアを感じるのは否定しない。
だから、心がないとは言えない。
したがって、物質しかないとも言えない。
でも、心って物質じゃないと言えるのか?
心は物質であるということ…!?
重力とかだって、物質そのものではないけれど、物理的だよね。
物質のはたらきの一つじゃないか?
それと同じように考えては、いけないのだろうか?
そもそも、最初に挙げた、唯物論、唯心論、二元論の他に、道があってもよいのではないだろうか?
※諸事情により、携帯からの投稿です。
長文は打つのが大変(^^;
そして、推敲も大変。
心 [心の哲学]
心って、何だろう?
何をもって、心とするのか、これまた定義があいまいです。
例えば、喜怒哀楽。知覚。意志。記憶。
前に、お母さんが新聞の切抜きを取っておいてくれたのですが。
アリの実験で、あることをするとアリが混乱してしまうので、アリにも心がある!?というような内容でした。
(詳しい内容は忘れてしまいました><)
これを読んだときに、心の定義って、人それぞれだな~ってすごく思ったのです。
皆、人間には心があると思っています。
それならば、犬は?鳥は?魚は?昆虫は?植物は?
これは、人によって意見が分かれます。
それは、心の定義が違うからでしょう。
以前私は、脳を持つものが心を持つものだと思っていたのだけれど。
嫌なものから遠ざかろうとする本能。
これは心の現われだと思っていて、動物ならば皆持っているのではないか。
動物ならば(アリとかでも)、痛みは感じるのだろうか?
当事者になれない以上、答えはわからないのだけれど。
植物だって、子孫を残そうと進化したのだろうし、植物に心がないと言えるのだろうか。
そうすると、有機物vs無機物となるのだろうか。
植物でも、切り倒して机となったものには、心があるとは考えにくい。
それを言ったら人間だって、死んでしまったら心はあるのだろうか。
それでも、やっぱり心は脳の働きだという考えは、根本的にあるもので・・。
今回いろいろ考えていたら、わからなくなりました。
まさにメモ状態で、まとまりのない書き散らし。
しかも、「心とは何か」から「心があるものは何か」に論点がずれてるし・・。
何をもって、心とするのか、これまた定義があいまいです。
例えば、喜怒哀楽。知覚。意志。記憶。
前に、お母さんが新聞の切抜きを取っておいてくれたのですが。
アリの実験で、あることをするとアリが混乱してしまうので、アリにも心がある!?というような内容でした。
(詳しい内容は忘れてしまいました><)
これを読んだときに、心の定義って、人それぞれだな~ってすごく思ったのです。
皆、人間には心があると思っています。
それならば、犬は?鳥は?魚は?昆虫は?植物は?
これは、人によって意見が分かれます。
それは、心の定義が違うからでしょう。
以前私は、脳を持つものが心を持つものだと思っていたのだけれど。
嫌なものから遠ざかろうとする本能。
これは心の現われだと思っていて、動物ならば皆持っているのではないか。
動物ならば(アリとかでも)、痛みは感じるのだろうか?
当事者になれない以上、答えはわからないのだけれど。
植物だって、子孫を残そうと進化したのだろうし、植物に心がないと言えるのだろうか。
そうすると、有機物vs無機物となるのだろうか。
植物でも、切り倒して机となったものには、心があるとは考えにくい。
それを言ったら人間だって、死んでしまったら心はあるのだろうか。
それでも、やっぱり心は脳の働きだという考えは、根本的にあるもので・・。
今回いろいろ考えていたら、わからなくなりました。
まさにメモ状態で、まとまりのない書き散らし。
しかも、「心とは何か」から「心があるものは何か」に論点がずれてるし・・。







